犬が散歩で止まる本当の理由
散歩中に犬が立ち止まるのは、人のことを下にているから。つまり、人と犬の間の上下関係を引き合いに出されることがあります。しかし、この考え方は古く、そして間違ったものです。人と犬の間に上下関係を築くためには、例えば下記のことをするように言われてきました。
犬との上下関係・・を確立するためやるべこと
・食事は飼い主が先に済ませること
・同じ寝床で一緒に寝ないこと
・遊びでは犬に負けないこと
・マズルをコントロールすること
・犬を仰向けにして抑えつけること
・ドアは人が先に入ること
これを今だに信じて実行している人も少なくないようで、飼い主さんとお話をするなかで、『家の犬は上下関係が分かっていない』とか、『私のことを下にみている』という言葉を耳にしますから、未だまだこの考え方が根強いと実感させられます。
人と犬の間で語られる上下関係は、犬の祖先と言われるオオカミの行動を観察されたことから犬も同じとされてきました。そこで、オオカミの社会で頂点に立つ存在をα(アルファ)と呼ぶことから、人の家庭で問題を起こし飼い主への主張が強い犬のことをアルファシンドローム(権勢症候群)と表現されることがありました。例えば、下記のような行動をする犬がまさにアルファシンドロームとされてきました。
この行動が見られたらアルファシンドローム(権勢症候群)!?
・食べ物やオモチャを守ろうとして噛みつく
・散歩中に引っ張る、立ち止まる
・飼い主を無視する
・飼い主にまたがりマウンティングをする
しかし、これを現代の観点からみていくと、下記のようになります。
・食べ物やオモチャを守ろうとして噛みつく:食物関連性攻撃行動、所有性攻撃行動と言われるもので、犬にとっては、生命維持に必要となる食べ物や自分の資源を守ることを目的に示す行動です。
・散歩中に引っ張る、立ち止まる:犬には、人のことを引っ張っているとか、動きを止めているという認識はありません。彼らは気になるものがあれば、確認するために近づくか止まるだけです。
・飼い主を無視する:残念ながら飼い主が期待できる存在になっていないのです・・・。
・飼い主にまたがりマウンティングをする:これは犬の自己主張による行動で、その理由は様々です。興奮した勢い、遊んで欲しい、人からの主張を受け入れたくない、そして性ホルモンを感知してマウンティングすることもあります。
もちろん犬は生き物ですから、可能な限り自分にとって快適な環境・状況を作ろとします。また、主張が強い個体もいれば、不安感が強いことで自分の身を守るために攻撃をする個体もいます。それを『上下関係』と表現してしまえば、簡単で分かり易いのでしょうが、犬の行動はそんなんに単純ではありません。そして何より、昔ながらの上下関係を確立するために人がとった行動が、結果的に犬の問題行動の引き金になってしまうこともあります。
柴犬がオオカミに近いって本当!?
日本人に身近な犬種といえば「柴犬」ですよね。ただ、トレーナーの間でも柴犬は早熟で、嫌なことをされると歯を当ててくる傾向が強い、と言われています。つまり人に対して強く主張してくるのです(もちろん、おっとりした性格の個体もいます)。そのため、そんな柴犬と長い間暮らしてきた日本人にとっては、「犬と人の上下関係をはっきりさせる」という考えはとてもしっくりくる考え方なのだと思います。
さらに、オオカミと犬85品種のDNA(マイクロサテライト)解析をしたところ、日本人にとても身近な犬種である柴犬や秋田犬が比較的オオカミに近いことがわかりました(Parker、2004)。柴犬がオオカミに近いとなると、リーダー(アルファ)を絶対としピラミッド型でヒエラルキーが存在するオオカミの群れと同様に「飼い主が群れのα(アルファ)にならなければならない」という考えは間違いない、ということになります。
しかしながら、近年の研究でオオカミの群れに関する考え方が間違っている、ということが分かりました。実は、私たちがイメージしてきたオオカミの群れの形態は、限られた環境と資源しか与えられなかった人の飼育下での話でした。つまり、競争することを余儀なくされたオオカミ達の行動パターンから言われたことに過ぎないのです。本来、野生下のオオカミの群れはとても柔軟で群れの個体間が複雑に関係性を持ちます。息子には強気なお父さんでも娘のおねだりには弱い、といったお互いの関わり合い方がある、まさに人でいうところの家族関係に近いのです。
つまり犬と暮らして行く中で、上下関係をハッキリさせることに意識を向けるのはなく、よい家族関係を築くことを目標にすべきなのです。
犬が散歩中に止まる代表的な理由
・怖い(警戒する)音を聞いた・見た
・人にリードで引っ張られる感じが嫌
・地面が暑いので冷たい場所にいたい
・体に痛みや違和感を感じる(疾患、首輪やハーネスが痛い)
・疲れて休憩したい
犬が散歩中に止まる理由は様々です。その代表例が、怖い(警戒する)音を聞いたたり、その対象を目にした時です。静かな状況下で、急に何か音が聞こえると立ち止まるといったことは、特に夜のお散歩に出たことのある人は経験があるのではないでしょうか。
そして小型犬に多く見られますが、人にリードで引っ張られる感じが嫌で立ち止まる犬もいます。つまり、首輪であれば首に、胴輪であれば胴体に違和感を感じることで止まるのです。人からすれば、『嫌な感じがするなら人の横について歩けばいいじゃない』、と思いがちですが、犬がそのように理解(学習)するまでには時間がかかります。また犬によっては、人の横を歩いてくれるようにサポートしていく必要があります。
犬によっては、地面が暑いことでそれを避けるように歩く場合もあります。私が過去に散歩した犬のなかでは、ペキニーズなどの短頭種でその傾向がありました。特に鼻が短い犬種は、呼吸をするのも一苦労なため、体の熱をうまく体外に排出することが困難です。ですから、暑い場所を回避することで、これ以上体に熱がこもらないよう、犬なりに工夫しているのです。
また、歩くことで関節に違和感を感じり、体内に違和感を感じることで立ち止まる犬もいます。いつもは平気で登り降りしていた段差や坂道なのに、ある日から急に立ち止まる頻度が増えてきたら、まずは体の不調を疑ってあげてください。また、大して暑くもないのに、呼吸が荒くフラフラするなどの様子がみられた場合も同様です。
ここに挙げたように、犬達が散歩中に止まってしまう理由はたくさんあり、その対応方法は様々です。次に散歩中に犬が止まってしまう理由として一番多い「怖い(警戒する)音を聞いたり、その対象を見た」時の対処方法について、お話していきます。
下の写真に写っている犬が何を気にしているかというと、『車の音』です。車が道路を走った時の音が気になって立ち止まっているのです。特にこの時は、雨上がりの中を車が走ることで、タイヤと路面が擦れる音は、いつもと異なっていたために気になり立ち止まったようです。
犬は、何か怪しいと感じたり恐怖を感じたりすると、まずはその場で立ち止まります。そして、その対象に耳を傾け凝視し、確認しようとします。そして自分にとって警戒すべきものだと判断すると、背中の気を逆立てて唸ったり吠えたりします。
さらに、警戒対象の音量が大きくなったり自分に近づいてきたりすると、その場から逃げるか戦おうとします。これは、急性ストレスに遭遇した際にとる動物の行動パターンで、もし人が山でクマに遭遇した際、残された選択肢はこの2つしかありません。
もし仮に犬が何かに恐怖を感じ、その場から逃げる(人が抱っこする)ことで、安心感を得た場合、この犬は次から逃げる(人にだっこを要求する)ようになります。さらに逃げ切れない判断すると戦い(吠えて威嚇する・噛みつくなど)、相手を撃退したり遠退することで安心感を得た犬は、次から攻撃することが選択肢に入ります。
犬が人社会で共に暮らすためには、慣れなければならいモノがたくさんあります。逃げたり戦ったりばかりもしていられません。例えば、赤ちゃんからご老人までの幅広い年代の人や制服やコスチュームを着た人など、最近ではハロウィーンなどのイベントで、仮装することもありますから、普段目にすることないものに急に遭遇して噛み付いてしまう、といったことがないようにする必要があるのです。
もし恐怖対象への感じ方がマイナスに強く働いていたら、その場から離れて構いません。そうすることで、聞こえる音量が下がったり離れたところから見ることができ、恐怖感を軽減させられます。そして、徐々に恐怖の対象に近づき、可能な限り慣らすことを心がけましょう。
犬にトレーニングをするためには、「褒め言葉」を決めます。「Good」「いい子」など、短くて分かりやすい言葉にします。そして日頃から、「いい子」→犬が喜ぶおやつをあげる、といったことを繰り返し、犬にとって嬉しい感情が湧き上がるように教えておきます。(詳しくは、前回のコラムも参照してください。)
つまり「いい子」という褒め言葉は、オスワリをした後のご褒美としてだけでなく何かと嬉しい感情を結びつけることにも役立つことになります。そこで、犬にとって怖がる音がしたタイミングにその言葉をかけていきます。
犬にとって、怖いと感じやすい状況下でもなるべく嬉しいという感情を呼び起こさせることで、不安な状況を少しでも緩和しつつ、できれば好きにしていくという対処をします。例えば、上の写真の犬は自転車に怖がっています。そこで、自転車を見たら「いい子」、自転車に近づいては「いい子」と声をかけていくことで、怖い対象への印象を変えていきます。
もし犬の恐怖反応があまりにも強いようであれば、その場から離れ、遠くからこの自転車をみせるようにしていきます。そして、繰り返しになりますが決してその場から逃げて安心感を得る経験をさせるのではなく、少しでも自転車に慣れる傾向が見られてから、その場から離れるようにして、少しずつ良い経験を積ませていくことを日頃から意識することが大切です。
YouTube動画では、実際にトレーニングしている様子や、人にリードで引っ張られる感じが嫌な犬に対しての対応方法も説明していますので、是非ご覧ください。
著者:長谷川 成志(はせがわ まさし)
学術博士。 ドッグトレーナー(CPDT-KA)。 麻布大学介在動物学研究室(旧 動物人間関係学研究室)にて、学位を取得. 公益社団法人 日本愛玩動物飼養協会 スクーリング 講師(行動学)。主な著書、「動物看護の教科書」第4巻 行動管理・伴侶動物学 など。
参考文献
Parker, H.G.; Kim, L.V.; Sutter, N.B.; Carlson, S.; Lorentzen, T.D.; Malek, T.B.; Johnson, G.S.; DeFrance, H.B.; Ostrander, E.A.; Kruglyak, L. (2004-05-21). “Genetic structure of the purebred domestic dog”. Science 304 (5674): 1160.
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